【07】「不思議の国のアリス」レジュメ

矢川澄子訳 新潮文庫1994
2015/04/25山根澪

第1章 うさぎの穴をおりると

またそのウサギが、「たいへんだ、たいへんだ、遅刻しそうだ!」ってつぶやくのがきこえたって、アリスは別にふしぎだとも思わなかった(あとから思いかえせば、これでおどろかない方がどうかしてると思ったものだけれど、そのときはまったくあたりまえのことみたいな気がしてね)。[13]
この箇所だけでなく特に物語の前半部分はツッコミが括弧内に入ってくる。普段の価値観と不思議の国での価値観が掛け合いをしている雰囲気とか、後から振り返って自分のことを話している感じが面白い。

でも、ひとわたりやって二度目にさしかかったとき、アリスはふと、さっきは気がつかなかった低いカーテンのあるところにきた。[20]
そのうちふと、テーブルの下に小さなガラスの箱があるのが目にとまった。[23]
ふと、もしかしてかさの上に何かあるかもしれない、と思ってね。(略)とたんに一ぴきの大きな青いイモムシと目があった。[61(第4章)]
「カーテン」「ガラス箱」「いもむし」はそれぞれ、もともとあったけどアリスが気づかなかったのではなく、アリスが必要とした時に突然現れたように読めた。普段の生活でも、そのモノや方法自体は存在するけど本当に困ったり、必要になるまでその存在が見えてこないことはあると思った。本書ではちょっと魔法のように次々とものが現れるように書かれているけど、日常もこんな様子なんではないかと思える。
もう、とんでもないことがやたらに起こるのがあたりまえで、物事のふつうの成行きの方がいっそ退屈でばかばかしようなきがしていたわけさ。[24]
「非構成の場ばかり経験すると、構成がつまらなくなってくる」という言葉を思い出した。まるネコ堂ゼミもふっと今まで持ってきた視点が破壊されたりというとんでもないことが起こって、そこが楽しくなる。アリスに少し共感した。

第3章 堂々めぐりと長い尾話

インコをつかまえて長々と意見をぶったりしたんで、しまいにはインコの方が機嫌をそこね、ぶすっとして、「わしの方があんたより長生きしてよくわかってるんだから」で押し切ろうとする。そういわれたってアリスには、インコがいくつなのかよくわからなくては納得できない。その肝腎の歳をインコはどうしても教えてくれないので話はそれきりゆきづまってしまった。[37]
女王さまにしてみれば解決法はただひとつ。問題の大小なんかかんけいない。そこで、「首を切れ!」振り向きもせずにいっただけだ。[119(第8章)]
「もちろんですとも」と公爵夫人。アリスのいうことならなんでも賛成する気らしい。[126(第9章)]
インコは話を行き詰まらせたかったんだろうなと思う。他にもどうも腑に落ちない会話があったりして、極端な描かれ方ではあるけどこういう人たちは普通にいる。訳者あとがきに「数多の登場人物のなかでまともな人間はアリスただひとり、自分の同類はひとつもあらわれません。(略)真の意味での対話なんてものはどこにも成立してはいません。」[180]とあるが、アリスは翻弄されながらも進んで行く様子が、現実に子どもや人間が直面する様子に見えてくる。

第5章 イモムシの入れ智恵

「よし、これで予定の半分はすんだ。」[75]
予定の半分というのは「もとの大きさに戻ること」だった。ここを初めて読んだ時に、いったい予定なんてあったけ?あるとすれば不思議の国から抜け出すことじゃないかと考えたが、読み返すと「またもとの大きさに戻ること」と「あのすてきなお庭へ入る道をみつけること」を「いちばんいいプラン」[59(第4章)]と言っていた。ここを差して、半分すんだと言っているようだ。私の頭のなかでは「不思議の国に迷い込んだ女の子がもとの世界に戻る物語」と決めて読み進めようとしてたけど、アリス自身はそんなことを考えていないのにびっくりする。

第8章 女王さまのクロケー場 

顔をふせてしまうと背中の模様はほかのカードとおそろいだから、庭師だか兵士だか廷臣だか、それとも三人のわが子だか、女王さまにも検討がつかなかったんだ。[113]
最初に思ったのは、わが子もわからないなんてなんとも悲しい!でも、こういう格好をしているとへまをした庭師だって黙って後ろを向いている限り急に殺されることはないのだと思うと便利でもある。

■全体を通して

ゼミのためにあらためて読み返す前は、シーンはいくつか覚えているが脈略がない本という印象だった。ゼミで物語として何か読み解ければという期待があったが、今回読んでみてやっぱり滅茶苦茶で脈略がないと思った。アリスは帰るために頑張るでもなく、何か宝が得たいでもない。願ってもとの大きさに戻ったのにその次のページではまた自ら大きさを変えている。過去に起こったことに関係なく次から次に何かが起こり続ける。自分が困った状況から、ほとんど選択の余地はないなかでもなにがしたいかを決めて、目の前に現れたもので対処して、会おうとも思わない人々に出会っていく。人間でない風変わりな人たちや、起こりえないことの数々が起こるお話を現実とは切り離したようにみていたが、このお話を通して現実を見てみるとまた違って見えた。

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